遺伝。

目下のところ大輔お気に入り番組のベスト3は
ピタゴラスイッチ」「からだであそぼ」「にほんごであそぼ
さすが発露直前まで母の子宮を蹴り続けていただけあって、体を動かすことが大好きな彼、体操&ダンスコーナーが始まると、どんな遠くで遊んでいても、目の色変えて走ってくる。そして「ばぶーばぶー」と言いながら、真剣そのもので踊りまくるのだ。
朝、流しで食器を洗っていると、大輔が、突然、泣きながら走ってきた。ついさっきまで、嬉しげに「にほんごであそぼ」を見ていたはずなのに、ひどく怯えた様子で泣きじゃくり、必死に手を伸ばしてくる。驚いて抱き上げようとした私の手を、物凄い力で引き寄せたと思ったら、不意をつかれてバランスをとりかねている、こちらの体勢などお構いなしでしがみついてきた。
両手は首に、足は腰に、それはもう、枝から枝へ飛び移りながら移動する母猿の背中から、振り落とされないよう、必死にしがみつく小猿そっくりの有様で、ああ、やっぱり人間は猿の子孫なんだなと場違いな感想を抱きながら、ふと見ると、真っ赤な顔に長い髯、つりあがった眉毛も恐ろしげな閻魔大王の前で、楽しげに歌いながら遊んでいる子供達の姿があった。
なるほど、これか。
にほんごであそぼ」では、昔の遊び歌をCG映像と一緒に流すのだが、今回の遊び歌はどうやら「地獄」がキーワードになっていたようで、それが大輔には恐ろしかったらしい。
「大ちゃん、大丈夫。あれはね、お人形。お人形の閻魔様。だから怖くないの。ほら、もう終った。」
赤を基調にした画面、大きな閻魔大王の顔、インパクトのある映像ではあったけれども、私には、そう恐ろしいものには思えなかった。むしろユーモラスで、素朴で、可愛らしくさえあったのだが、子供にとってはまた、別のものなのかもしれない。
それにしても「地獄」が怖いとは。まぁ、今の大輔に「地獄」が何か、わかるはずはないのだから、単純に閻魔大王の映像が怖かっただけなのだろうが、それでもあの怯え様はただ事ではなかった。
ひょっとしたら、大輔に流れる日本人の血が、本能的に「地獄」を理解させ、怯えさせたのかもしれない。それとも魂の奥深いところに刻まれた記憶の断片が蘇ったのか。
とっくに切り替わった映像に目もくれず、母にしがみついたままの大輔をあやしながら、何となしに神秘的なものを感じる私だったのだが、ふと、あの閻魔大王の顔が、実家の父にそっくりだったと思いつき、小さい頃、叱られたわけでもないのに、父がやたら怖かったことを思い出した。
「大ちゃん、そういえば、爺ちゃんにだけは抱っこせがまないわねぇ。」
「う。」
「顔が怖いから?」
「・・・う。」
まぁ、正直な話、父の顔は確かに怖い。記憶にないほど小さな頃のことではあるが、一緒に風呂に入ろうと父に誘われて、椅子にしがみついて泣き喚いたこともある。弟にいたっては、目を合わせることもできなかったほどだ。あんな顔だけれど本当は、繊細で、純粋で、乙女のような人なのに。そしてとてもとても子煩悩な人なのに。
ただ顔が怖いという、ただそれだけのことで、愛する我が子から、問答無用で恐れられる自分に、父がどれほど悩み、傷ついたことか。あまつさえ、親子二代で怖がられるとは。
父よ、よくよく貴方も不憫な人だ。
「爺ちゃん、顔は怖いけど、優しいよ。」
「あ。」
「今度一緒に公園行こうか。」
「あ。」
今年の父の日は、プレゼントに添えて、父の好物を手作りしようかと考える私だった。