母と兎と祖母と私。

おむつをはくのを嫌がって、フリチンで逃げまわる大輔を追いかけていると、実家の母から、電話がかかってきた。
「昨日あやちゃん(注:姪。4歳)から電話があったのよ。」
「なんて?」
「ペットのウサギが骨折して、今入院してるんだって。」
「・・・それは気の毒に。」
「でもね、普通ウサギって、骨折なんかしないものでしょ。家の中で飼ってるんだし。おかしいなって思って聞いたのよ。どうして骨折したのって。」
「何て答えたの?」
「散歩してたら折れたって。」
「・・・・・・。」
「ずっと家の中で可哀想だから、お散歩させてあげたのって言ってたけど、でもねぇ。犬じゃあるまいし、ウサギを散歩させてもねぇ。野山駆けまわってる野ウサギならともかく、1日ケージの中でじっとしてるようなウサギを散歩になんか連れてったら、そりゃ折れるわよ。もともと足腰弱いんだから。」
「いいもの食べて、大事にされて、よく太ってたしねぇ。」
「それにあの子のことだから、きっとウサギの事情なんかお構い無しで、思いっきり走り回ったんじゃないかしら。可哀想に夜中痛がって泣いてたそうよ、そのウサギ。そりゃ痛いわよねぇ、足が折れたんじゃ。」
「気の毒に。」
「入院費も馬鹿にならないしねぇ。ついこの間勇貴(注:甥。6ヶ月)が退院したばかりだってのに。しかも今度は実費だし。」
「十割はきついからねぇ。万単位だからねぇ。」
「あんたがお産で里帰りしてる間、旦那より飼い犬の健康心配してて、正直、我が娘ながらなんてひどい嫁だろうって思ってたけど、間違いだったよ。同じ入院するなら、保険が利いて、保障も降りる旦那の方が家計に優しいからねぇ。」
「最近はペット保険ていうのもあるのよ、母さん。」
「そうなの?」
「掛け金月々6000円で、一泊から保障下りるらしいから、今検討してるところなのよ。うちはほら、2頭だから。」
「そろそろいい歳になってきたしねぇ。」
「いい歳といえば、婆様、どう?元気?」
「・・・・元気も何も。」
「どうしたの?」
「夜中の2時に母さん達の部屋に来て、「勝太郎さん(注:祖父。故人)がそっちに行ったっきり帰ってこないんだけど、何話し込んでるんだ。」って。」
「わお。」
「きっと寝惚けて夢でも見たんだろうと思ったんだけど、下手に刺激して怒らせるとまずいから「あら、そうですか。こっちには来てないみたいですけど。」って答えたのよ。」
「そしたら?」
「「おや、そうかい。じゃあ、さっきこの部屋から誰か出ていったけど、あれがそうだったのかもしれないね。お邪魔さん。」」
「うわぁあ!!!。」
「あのお義母さんのことだから、嫁の前で寝惚けたのが悔しくて、きっと適当なこと言って誤魔化したんだろうと思ったけど、気持ち悪くてねぇ。もし、本当におじいちゃんが枕元に座ってたらどうしようとか、そういえばそろそろ祥月命日だし、このところいろいろ忙しくてお墓参りもしてないし、寂しくなって出てきたのかしらとか、いろんなこと考えて眠れなくなって。」
「・・・・気の毒に。」
「で、朝、会ったらこうよ。「おや、顔色が悪いねぇ、何か心配ごとでもあるのかい?夜はちゃんと眠らないと体に毒だよ。」ですって。」
「・・・・婆様。」
「1日家の中にいて、いいもの食べて、大事にされて、よく太ってるけど、ウサギみたいにか弱くないわよ、お義母さんは。ええ、絶対にか弱くなんかありませんとも。」
嫁して37年、いまだに張り合う嫁と姑。やっとおむつをはいたと思ったら、今度は上着を脱いでおむつ「だけ」になり、あきゃあきゃ笑いながら跳ねまわる大輔を抱き上げながら、案外それが、祖母の長寿の秘訣なのかもしれないと考える私だった。婆様、今年89歳。