夫婦2。

休日の昼下がり。
大輔は昼寝、夫はコンビニへ自分専用のおやつを買いに出かけ、一人残されて、私は少々困っていた。
というのも、家事は午前中に片付けてしまったし、夕飯の準備には少々早すぎる上、意外に音が響く我が家のキッチン。寝室のドアは閉めてあるものの、まだ使い始めて1年と10ヶ月、新品同様ですこぶる性能のいい大輔の五感は侮れない。寝入ったばかりの大輔を、音と匂いで起してしまうことにでもなったなら、それはもう、どえらいことになるのは目に見えている。困っているのは、つまりこういうことであった。することがない。
仕方がないので、ここはおとなしく、リビングでTVでも見ることにした。とはいえ、休日の午後の番組といえば、野球、ゴルフ、競馬、あまり面白いとはいえない旅行もの。CATVの映画チャンネルで、ちょっと面白そうなイタリア映画をやっていたものの、全部見終わるまで大輔が起きずにいてくれるかどうか。経験上、一番いいところで中断する羽目になりそうな予感が激しくするので、これは却下。
だとするとあとは読書かビデオだが、途中で中断しても問題ないという点を重視してビデオ鑑賞することにした。したのだが。
我が家のビデオライブラリーの9割は夫の「野球中継コレクション」。熱狂的、いやむしろ狂信的な阪神タイガース高校野球ファンの夫が撮りためたもので、メインの試合はもちろん、ファームから地方大会まで、よくもここまで細かくチェックできるものだと感心するほど。探せばVHSとベータが覇権を争っていた時代のものもあるというから恐れ入る。さすが阪神の試合がノーカット、ノーCMで見られるからという理由「だけ」でケーブルTVに加入しただけのことはある。
無論、いくら途中で中断されてもいいものがベストとはいえ、野球ファンでもなければマニアでもないのに、こんなものを見る気になるわけはなく、残り1割の大輔用NHK教育番組の録画ビデオを、適当に抜き出し、音を絞って観る事にした。
再生して10分ほど経った頃、夫が買い物を済ませて戻ってきた。
「何で大輔のビデオ見てるの?」
「他に見るものがなかったから。それにさ、何か和むし。」
「ふーん。」
画面では、二人の子供とケイン・コスギが楽しげに遊んでいた。しばらく無言で眺める二人。やがてぴったり体に貼りついたレオタード風の衣装をつけて、森山開次が子供番組とは思えない、見事なダンスを披露し、ソフト帽を被り、クラシックなスーツ姿の小林十市が、ユーモラスなダンスを始めた時、おもむろに夫が口を開いた。
「わかったよ、俺。」
「へ?何が?」
「奥さんが、わざわざこのビデオ選んだ理由。まぁ、俺もさ、熊田曜子の水着姿とか、某金融会社のダンスCMとか見てると和むしな。わかるよ、うん。」
「・・・・・。」
待て待て待て。それは誤解だ、間違ってる。心の中で叫びつつも、あまりのことに言葉がでない私。すると夫は、したり顔でこう続けた。
「奥さん、筋肉が好きだからなぁ。特に臀部の。」
「・・・・・。」
確かに私は筋肉が好きだ。一見スレンダー、でも脱ぐと凄いんです、そんなタイプが大好きだ。だからといって、子供のビデオまでそんな目で見ているわけじゃない。誤解だ。誤解なんだ、夫。とはいえ。
何も言わなくていいんだよ、君の事はすべてわかってる。そんな台詞が頭の上で、特大の吹きだしに囲まれて浮かんでいるのがはっきりわかる、夫の得意そうな笑顔を見ていると、だんだん否定するのが気の毒になる私だった。
「・・・・そうだね、大臀筋は好きだね。」
「だろ、だろ。」
強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。
フィリップ・マーロウの名台詞を、心の中で繰り返す初夏の午後だった。
「もう、奥さんたら好きだなぁ。」
だから違うんだって。