それもまた親心。

言葉らしきものは喋っているものの、発音が日本語では無いため、誰にも通じない大輔。そのせいかどうかはわからないが、ボディランゲージは極めてハイレベル。
自らの欲するところのものを、もっとも正確かつ迅速に与えてくれる人間を瞬時に見極めたら、その人の手を持って、目的のものがある場所まで誘導し、欲しいものを指差して「あ。」と一言。一見大雑把なようだが、人選ミスさえなければ十分事は足りる。
例えばそれが冷蔵庫の中に入っているスライスチーズだった場合、もっとも食べ物に対してガードの甘い義母か、実家の母の手を引いて冷蔵庫の前に立ち「あ。」ドアが開いたらすかさず中を確認して、欲しいだけのスライスチーズを取り、そこで食べるように躾られている和室六畳間へダッシュして、正座し、一人勝手に手を合わせて食べる。そして母に叱られる。(決められた時間外だったり、すでに何か食べた後だったりした場合)
1歳9ヶ月になるというのに、大輔が喋る意味のある単語と言えば「わんわん。」「まんま。」言葉の発達には個人差があるし、とりあえず、二つだけでも意味のある言葉が喋れるなら、問題はないとわかってはいるものの、同じくらいの年の子が、けっこう喋っているのを見ると焦ってしまうのも正直なところ。なまじ身振りでそこそこ意味が通じてしまうのがよくないのかと思ったり、言葉かけが足りないのかと密かに悩んだりしていたのだが。
2階で機嫌よく遊んでいるので、この隙に1階の掃除を済ませてしまおうと(大輔の目の前で掃除機をかけると、何をやっていても飛んできてノズルを握り、自分がやるといってきかないので、掃除が出来ない)気付かれないようそっと1階に下りた。まず流しに置きっぱなしになっている食器を洗い、テーブルを拭き、掃除機をかけようとした時、2階で勢いよくドアの開く音がした。そのままバタバタとしばらく走り回っていたが、唐突に足音が止んだかと思うと、悲鳴のような大輔の声が響いた。
「おがあさん!おがあさん!おかあさん、どこ!どこ!」
手にした掃除機を放り出し、私が大輔のもとへ飛んでいったのは言うまでも無い。
その後、堰を切ったように喋り出した大輔。
「これ、わんわ。」「ぞうさんぞうさん。」
「(お気に入りの毛布を被りながら)ねんね。ねんね。大ちゃん、ねんね。」
どこか得意げに話す大輔に
「そうだね、わんわんだね。」「ぞうさん、お鼻長いねぇ。」
「そう、大ちゃん、もう眠くなったの。」
などと答えながら、あれほど心配していたくせに、いざ言葉がしゃべれるようになってみると、今度はあの意味不明な大輔語が聞けなくなることが、何だか無性に寂しい気がする私だった。