ストップ・ザ・モーション。

まずい、と思った時には、全身の血が音を立てて足元に落ちた。くたくたと畳の上に倒れながら、ああ、貧血だ、大輔抱いてなくてよかったと考える。それにしても何故、今、貧血。好き嫌いもせず、暴飲暴食もせず、適度に運動もし、いきなり立ち上がったりわけでも、長風呂していたわけでもないのに。
回転する天井が元の位置で止まるまで、身じろぎもせず横たわりながら、原因を考えるうち、ふと、痺れて冷えた足元から、背中を這い登ってくる猛烈な悪寒に気が付いた。悪寒?
キルティング&起毛素材のババシャツとスパッツの上に、タートルネックのセーターとパンツを付け、更に赤い絣の半纏まで着こんだいわば完全防備の状態な私、寒風吹きすさぶ戸外ならいざしらず、暖房は切ってあったとはいえ、仮にも室内で悪寒がすることなどありえない。ということは。
ようやく止まった天井を見上げながら、そろそろと体を起こし体温計を脇に挟むこと90秒、検温終了を知らせる「メリーさんの羊」のメロディの中、確認した体温は37度8度だった。おー、まいごっど。
しかも体の感じだと、まだまだ上がりそうだ。熱が完全に上がりきるまで、薬その他の処置は待つことにして、母の異変に仰天し、泣き叫ぶ大輔をなだめることに専念する。
っていうか大輔。
何故、倒れた母にフライングアタックかましますか。しかも起きあがるまでエンドレス。そんな技を教えた記憶もなければ、見せた覚えもないのに、実に見事な飛びっぷり。あまつさえ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら正確に急所を狙ってくる。むしろ涙と鼻水はカモフラージュなのではないかと思えるほど。
もしかしたら、突然倒れた母をなんとか起そうと、彼なりに考えた末のことなのかもしれないが、手加減無しで宙を飛ぶ13kgの攻撃を、貧血と熱で弱った体で耐えながら、もしかして男性の遺伝子の中には、「格闘」という項目があるのだろうか、真剣に考える私だった。